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Interview

デビューした先輩たち_映画監督 中元 雄 さん

業界で活躍する卒業生に聞きました

在校中に撮影した自主映画『DEAD COP』をはじめ、これまで複数の作品が劇場公開されている映画監督・中元雄さん。
卒業生である中元さんに、学生時代に知り合った仲間とのつながりや、映画制作にかける思いについて語っていただきました。

映画監督

中元 雄 さん

Nakamoto Yu

2019年卒業

1991年9月14日生まれ、広島県出身。

映画監督を志し、2016年24歳のときに東京俳優・映画&放送専門学校に入学。在校中の2017年に『FUNNY DRIVE』が第20回小津安二郎記念・蓼科高原映画祭 入賞、2018年には、『怪しい隣人』が第12回TOHOシネマズ学生映画祭 ショートフィルム部門 グランプリ、『DEAD COP』がカナザワ映画祭2018 期待の新人監督 グランプリ、福岡インディペンデント映画祭2018 アクション賞、『一文字拳 序章 −最強カンフー少年対地獄の殺人空手使い−』がカナザワ映画祭2018 期待の新人監督 グランプリ、第40回ぴあフィルムフェスティバル 入選など、さまざまな映画祭で入賞を果たす。

卒業後は、自主映画のみならず商業映画にも進出し、今後が期待されている若手映画監督。

撮りたいのは、お客様を楽しませる映画

趣味を仕事にするために腹をくくって、本気になった

映画監督をめざそうと思うようになったのはなぜですか?

 僕は、高校を卒業してすぐにこの専門学校に入ったわけではありません。最初は、地元の広島でデザインの専門学校に行って、WEBデザイナーとして就職していたんです。
 子どものころから映画は好き。特に、ジャッキー・チェンやブルース・リーが大好きで、アクションものを中心に『酔拳2』や『ターミネーター2』など、いろんな映画を観て育ちました。

 中学のときには自分自身でもコンパクトデジカメで、ストーリーのあるアクション動画っぽいものを撮ったりして(笑)。でも、だからって映画監督になろうなんて気持ちは全然なかった。映画監督なんて、自分にはなれないと思っていたんです。当時、映画と同じくらいマンガが好きで、絵を描いたりストーリーをつくったりするのも好きだったんで、そのころの夢はマンガ家になることでした。

 高校は美術コースに進学。相変わらず映画は好きでしたが、自分にとっては「趣味」という感じ。卒業間際に3年生の有志が自分たちの作品を発表できる機会があり、僕は仲間3人でアクション&ホラーにギャグ要素も盛り込んだ作品を撮り、全校生徒に観てもらいました。上映前はめちゃくちゃ緊張しましたが、これが意外とウケて。純粋にうれしかった。

 地元の専門学校在校中も、社会人になった後も、ちょこちょこ作品を撮ってはYouTubeにアップ。そうやって作った作品が、賞をいただけることもタマにあって…。また、当時ほかの人が撮った自主映画もよく観ていたんですが、「自分の作品の方がおもしろい」と思って。いま思うと調子に乗っていますよね(笑)。それで、24歳のとき「やっぱり本気で映画と向き合おう。どうせやるなら東京で!」と、この学校に入ることを決めました。

 すごく強気に思えるかもしれませんが、上京するときは不安だらけ。「オレだけみんなより6歳も年上だけど、なじめるのかな」とか、いろいろ考えたり…。でも、実際に学校に入ってみると、不安に思う必要なんかなかったですね。この学校は、全国から同じ目標や関心事を持つ人々が集まってくる学校。授業や自主制作で一緒に映画を撮るたびに、仲間はどんどん増えていきました。

『一文字拳 序章 −最強カンフー少年対地獄の殺人空手使い−』公開初日、池袋シネマ・ロサでの舞台挨拶

在校中に知り合った仲間は僕にとってかけがえのない存在

上京後の学生生活はいかがでしたか?

 入学後、学校では授業に出て、仲間と自主映画の撮影をして、フリーランスでWEBデザインと動画撮影の仕事もときどきいただいて…と、忙しい毎日でした。
 在校中の大きな収穫は、なんといっても映画を撮る仲間ができたこと。映画を撮るときは、始発に乗って早朝からみんなで集まって、何時間も何時間もずっと撮影するんです。撮影中には、お互いに「自分はこうした方がいいと思う」と意見を言うのですが、疲れていることもあり、結構ぶつかる(笑)。でも誰もが、作品をもっと良くしようと思って意見を言っていることはわかっている。だから、ぶつかりながらも作品はブラッシュアップされていくし、撮り終わった後には、本音で話せる仲間になっているんですよね。

 で、次に作品を撮るときにも、一緒に撮ろうってことになる。そういう仲間が、同学年だけではなく、後輩にもつながっていき、その後輩がさらに下の後輩を連れて来たりして…。卒業後の今では、在籍期間がかぶっていない人まで仲間になって、一緒に映画を撮っているんですよ。

 そのほか、受けておいてよかったなと思うのは、ハリウッドで活躍されていて実写版の『ルパン三世』も撮られた北村龍平監督の特別講義や脚本の授業です。北村監督の作品は本当におもしろいし、そんな方からの言葉は重みがある。僕の作品を観て指摘してくださるんですが、単に「ダメ」と言うだけではなく、「オレだったらこう演出するね」と言ってくれる。たしかに監督のアイデアの方がおもしろくて、素直に納得できるんですよ。脚本の先生にも、よく脚本をチェックしてもらいました。自分のつたない脚本を読み込んでくれて、細かくアドバイスを書き込んで戻していただいたのは、本当にありがたかったですね。

 これからこの学校に入る方におすすめなのは、高校生のうちから友だちと一緒に作品を撮っておくこと。在校中は一流の方に、自分の作品を観てもらえて、アドバイスをもらえる機会があります。そんなとき「話の筋がわからない」というようなコメントをもらっていてはもったいない。もっと作品の具体的な部分のアドバイスが欲しいはずです。だから、今のうちからスマホなどを使ってどんどん作品を撮りましょう。そして、家族や友だちに観てもらって、話がわかったか聞いてみましょう。最初は、簡単なストーリーでも、相手にきちんと通じる作品を撮るのはなかなか難しいと思います。でも、何度も撮るうちに、だんだんと上達していく。そうやって「話の筋はわかるものを撮れる」くらいの下地を作ったうえで入学するのが、学校の上手な活用法なんじゃないかな。

第40回ぴあフィルムフェスティバルの表彰式で、映画を一緒に撮影した学校の仲間たちと

映画の本質ってお客様を楽しませることだと思う

さまざまな映画祭で入賞されていますね。
中元 雄さん

 映画監督になるための道は、大きく2つ。自主映画を作って注目される道か、助監督になってから監督になる道です。自分は前者を選びました。だから、学生時代から映画祭には積極的に作品を出品していました。1年生のときに撮った『DEAD COP』と『一文字拳 序章 −最強カンフー少年対地獄の殺人空手使い−』が、「カナザワ映画祭2018 期待の新人監督 グランプリ」を受賞。その後も、「福岡インディペンデント映画祭2018 アクション賞」や「第40回ぴあフィルムフェスティバル 入選」など、立て続けに賞を受賞。そうすると、やっぱり映画会社の方、映画館を経営する会社の方、俳優さんなど、観ていてくれる人がいるんです。2019年10月公開の『いけにえマン』/『はらわたマン』は、池袋シネマ・ロサという映画館で上映していただきましたが、やはりきっかけは映画祭。この映画館は、レイトショーの時間帯を使って自主映画の上映を行っていて、僕の映画の上映は3作目。大ヒット映画『カメラを止めるな!』が初めに上映されたのもこの映画館だったので、ここで上映されることは、ある意味、自主映画の登竜門といえるかもしれませんね。同様に映画祭がきっかけで、僕の映画に出たいと言ってくださる俳優さんにも出会いました。これまで自分が学生だったこともあり、出演者も制作スタッフもすべて学生ばかりでしたが、『はらわたマン』では、初めて主演の学生以外は全員プロの俳優さんに出ていただいて撮影することができました。

 僕は、お客様におもしろいと思ってもらえるような娯楽映画を撮ることをめざしています。だから、映像のクオリティは多少低かったとしても、脚本だけは絶対におもしろくないといけない。僕にとって脚本は譲れない点だし、どこでどうやって楽しませようかすごく考えながら書いています。作品が上映されるときは、お客様のリアルな反応を見られる絶好の機会。いつも後ろから劇場内を見ています。自分が意図していなかったところで笑ってくださったりするのも、新たな発見という感じで、うれしい瞬間ですね。

 今後の目標は、全国でロードショーされるような映画を撮ること。もっと先の大きな夢は、ハリウッド映画を撮ることです。これまで僕の作品は自己資金で制作する自主映画ばかりでしたが、やっとスポンサーから制作費をもらって撮る商業映画のオファーをいただけるようになりました(2019年公開『スマホ拾っただけなのに』)。しかも、もうすでに次作のオファーもいただいています。僕は今28歳。20代で活躍している監督さんもいることを思うと、焦る気持ちはあります。でも、監督という仕事は、作品を撮って、それを観ていただくことでしか評価してもらえない仕事。だから今後も1作1作が勝負で、悔いのない作品づくりをして、夢を現実に変えていきたいですね。

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